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 痛手を負った身体と精神世界から生きるしくみを 作りなおしています。  人と人がフェアトレード できる社会、幸福感を作ります。
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 みんなに優しい人だった  いつも笑顔の人だった  辛さを言わない人だった・・・・・

そう言われる立派な人生を歩んで終わる人がいる。  そういう人には拍手を送りたい。

でも 「そんな人間でなくていいから生きていろ」 そう言われているようなここ数年でした。

「立派でなくてもいい、プライドなんか捨てていいから、死ぬな」 そう言われているようでした。

何かをまだ伝えて行かなければいけない。 経験から世の中に道しるべを残さなければ・・・・・

 JRの福知山線の脱線事故から6年が経ったといいます。 そして裁判がやっと始まるのだといいます。

ラジオのキャスターが話していました。「JR西日本は未だに会社の実態を隠している」 すかさず

アシスタントが応えます。「何を今ごろ隠す必要があるんでしょうね」・・・・・そりゃあ、・・・・隠すでしょう。

と私は思う。  不利な材料をぺらぺらと並べ、原因の真相を残らず語るなら裁判は要りません。

 あれだけの人が犠牲になっていても、裁判は弁護人もいて、できれば罪が軽い結果を目指すことが

法廷です。  法廷に限っていうならば「法廷力」は持っているはずです。 あるとき、めちゃめちゃに

荒らされた精神世界からの歩みに、必ず心は叫びました。  「心を置き去りにしてはいけない」

 福島の警戒区域に取り残された家畜を殺処分するという・・・・え?   「心を置き去りにしてはいけない」

私はそう声をあげます。 黙って耐える人々の心をもう一度、地震でぺしゃんこにするようなものである。

「しょうがない」「だったらどうするの?」と聞かれても、もちろん答えはないけれど。 人々は言いたいのだ。

「原発は危険だと、ずっと言っていただろう」「安全神話を誇張していたのは、誰なのか」 その雄弁をふるって

いた人と家畜の処分をいう人が、同じコートの人なのだ。  その時々で「好きなことを言っている」からです。

こういう理不尽なことに耐えながら生きているプロセスに、声をあげていく人が一人でも多くなければ

いくら頑張っても、日本は生まれ変われないと思います。 何故なら、やり直そうとする心が何度も

折られていくからです。  同じ日本人によって・・・・・・ その後、人々はどうなるのか?

 人生はそんなに長くない。 避難区域に10年入れないとして 10歳歳をとったのち、もう一度戻って

暮らしを作れというのか? 人の寿命は知れているし、年々弱っていくのです。 物理的にも不可能です。

もう少し、巾のある、深みのある考え方ができないものなのか? 人の心を置き去りにして、次の問題が

見え見えではないのかな・・・・・もしもこのまま進むなら確実に、精神世界の病は増え続け、最終的に

人口のほとんどが、その種類の病気になってしまいます。心と身体はつながっているので、身体も

弱る人が増える。 それは、お金の問題よりももっと深刻だと思う。 新品を何枚かもらうより、心通う人から

の古着が、心を温めることもあろうと思うのです。 私がその地で生きていくなら、そうやって自分に

肥しを与えながらしか生きていけないと思うのです。


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