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 痛手を負った身体と精神世界から生きるしくみを 作りなおしています。  人と人がフェアトレード できる社会、幸福感を作ります。
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【2017/07/25 (火) 21:34】 |
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無題
諸三重親方
そうですね
与えられた命を
最後の最後まで生き抜くこと
ここが大事です。
ガンに例えられましたが
鍼でガンが治った人を何人も見ています。
そーです 折角与えられた命
生きて生きて生き抜きましょう・・・



無題
misawa
感動しました!

素晴らしい考えだと思います。

この世に生を生きて行くものは・・
人間以外で自分から自らの命を絶つような生命は存在しません・・

死ぬことが楽になることとはまったく違いますよね!
楽をして一生終える人間など・・
楽しいや嬉しいなどの感覚は退化してしまいます・・
苦しくとも必死で生きようとした人間が
喜びや楽しみを得られるんです!

死とは・・・
けして楽になることではないですね!


無題
berry-berry
yumeたん、こんばんは☆ (*'-'*)/♪

私も体験談が話せる…。
告知された時、
そんな余裕はなく
医師に従った自分がいました。
yumeたんのお話。
わかるような、わからないような。

ただ…
自殺だけは。

世の中、そう八方ふさがりじゃないと思う。
どれだけ、話せるお友だちがいるか。
コレ、とっても大事なことだと思います。


無題
よしお
とても考えさせられました。

今日一日の命を頂いていると思えば、一日生きられたことは儲けもの・・・喜びですよね。

余命何ヶ月と考えたら、カウントダウン。

自分の人生だもの、納得の出来る一日を積み重ねて行きたいですね =^_^=


無題
羊飼い
わかります。

父を癌で亡くしました。

余命一年と言われましたが、本人には告知しませんでした。
それが良かったかどうか。
その時はそれが最良と思いましたが、そのために周囲も本人も苦しみました。

死をめぐる本人をとりまく周囲の関係はとても複雑です。
今でも何をしたら良かったのか、わからないままです。死ぬことを知っていたら、父は最後の日まで悔いなく生きられたかもしれないし、反対に絶望で死に急いでしまったかもしれない。

悩んでも考えても答えがでないことがあるということを知りました。

今でも悔やむことばかりです。



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寒いお雛様になりました。

去年の自殺者がまたしても3万人を越えています。

そこで、いま死に急ぐ人へのメッセージを

書きます。   ガンの告知を受けたとします。

余命は半年で、手術も化学療法もいちおうできる。

医師は手術を勧めます。 抗がん剤もうけ

放射線療法もうけ、病院でできる治療をすべて受け、

結果的に宣告どおり、もしくはそれに近い寿命で

亡くなったとします。  それで納得ですか?

 それよりも、告知を疑うとします。「ほんまに半年?」

そして、そこから猛烈に、いや病気なので、力の限り

医師に頼らず、いろんな療法を試しながら、生き延びたとします。

半年で亡くなったらもともとです。でも四年生き延びたとしたら

どうせ亡くなる命だから半年と四年は同じでしょうか?

 すすめられた治療で予告どおり生きて死ぬことと

自分の生き方で右往左往しながら四年生きるのと同じでしょうか?

  病気ではなく事業だとします。借金でもいい・・・・・

もう手立ては破産するか夜逃げくらいしかない。人生は終わりだと

絶望します。 破産や夜逃げで生き延びる人もいます。

しかし、より深く傷つき身体や精神を壊す人も多いでしょう。

他人や近親者、法律家、破産をして生きる道をすすめます。

しかし、自分は何故破産しなければならないのか納得できない。

そういう追い込まれかたも今は多いのです。

 医師が手術や抗がん剤を勧めるように、解決は勧められた破産を

選択しましょうか? 納得いかないので生き延びる道を探してみますか?

四年生き延びて「ああ、これは・・・・」と納得して選んだ破産であり夜逃げは

最初に勧められて選んだ道と同じでしょうか?

 私のお話はわかりますか?  絶望している・・・・その絶望しているあなたの

思いが大変なのです。 大変なことが起こったのではなく「追い込まれた思い」

が大変なのです。  思いは時と共に変わります。 ポケットに20円で死ぬ人がいる。

20円なのは「今」なんです。 人に話せば1000円くらいは手に入るかもしれない。

それで、一日生きてカレーライスでもカツどんでもいい。好きなものを食べてから

死のうと思えばいいんです。  好きなものを食べたら、自分がどう変わるか?

「もう一度、食べたい。」そう思うあなたは・・・・もう生き始めています。

 もう一度! そう望んだあなたは次の日には死なないはずです。 四年生きて

「こういうことか」とわかった時の選択は、人に勧められたり、促されたりして歩いた道とは

絶対に違います。  生きてる価値が違います。 死ぬのはいつでもできるとよくいいます。

 私はこう思います。「死んだ人に死んでよかったかと聞いて、うんと答えた人はいない」

ということを。  楽になると思うのは間違いだと思うのです。

人は、死ぬときが来たら死ぬのです。 間違っても200年生きる人もいない。 

 ほっといても人は死ぬんだから、わざわざ死ぬ必要がどこにあるのか・・・・・

どっちみち、人生は苦しいんです。  自分の思う道を歩く。人が歩いていなくても・・・・

どんなときも、自分を生きるんです。   草まみれの道ならば、草を食べて生きればいい。

そうしているうちに「もう一度食べたいもの」「もう一度会いたい人」

「もう一度、見たい海」「もう一度歩きたい山」・・・・・「もういちど」が生まれてくる。

 そのもう一度をひとつずつ実現することが「生きること」です。


   *  ブログの転写、引用お断りいたします。

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【2011/03/03 (木) 16:06】 | 未選択
トラックバック(0) | コメント(5)

無題
諸三重親方
そうですね
与えられた命を
最後の最後まで生き抜くこと
ここが大事です。
ガンに例えられましたが
鍼でガンが治った人を何人も見ています。
そーです 折角与えられた命
生きて生きて生き抜きましょう・・・



無題
misawa
感動しました!

素晴らしい考えだと思います。

この世に生を生きて行くものは・・
人間以外で自分から自らの命を絶つような生命は存在しません・・

死ぬことが楽になることとはまったく違いますよね!
楽をして一生終える人間など・・
楽しいや嬉しいなどの感覚は退化してしまいます・・
苦しくとも必死で生きようとした人間が
喜びや楽しみを得られるんです!

死とは・・・
けして楽になることではないですね!


無題
berry-berry
yumeたん、こんばんは☆ (*'-'*)/♪

私も体験談が話せる…。
告知された時、
そんな余裕はなく
医師に従った自分がいました。
yumeたんのお話。
わかるような、わからないような。

ただ…
自殺だけは。

世の中、そう八方ふさがりじゃないと思う。
どれだけ、話せるお友だちがいるか。
コレ、とっても大事なことだと思います。


無題
よしお
とても考えさせられました。

今日一日の命を頂いていると思えば、一日生きられたことは儲けもの・・・喜びですよね。

余命何ヶ月と考えたら、カウントダウン。

自分の人生だもの、納得の出来る一日を積み重ねて行きたいですね =^_^=


無題
羊飼い
わかります。

父を癌で亡くしました。

余命一年と言われましたが、本人には告知しませんでした。
それが良かったかどうか。
その時はそれが最良と思いましたが、そのために周囲も本人も苦しみました。

死をめぐる本人をとりまく周囲の関係はとても複雑です。
今でも何をしたら良かったのか、わからないままです。死ぬことを知っていたら、父は最後の日まで悔いなく生きられたかもしれないし、反対に絶望で死に急いでしまったかもしれない。

悩んでも考えても答えがでないことがあるということを知りました。

今でも悔やむことばかりです。



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コメント
この記事へのコメント
無題
そうですね
与えられた命を
最後の最後まで生き抜くこと
ここが大事です。
ガンに例えられましたが
鍼でガンが治った人を何人も見ています。
そーです 折角与えられた命
生きて生きて生き抜きましょう・・・

2011/03/04(金) 16:46 |   | 諸三重親方 #9a6564ae19[編集]
[管理者用 返信]
Re:無題
こんにちは^^人それぞれに治癒方法は違うんですね。

一概に医師にゆだねるのが危険だと思います。

自分の声をよく聞いて、選択は自分がすることが生きることですね。
2011/03/05(土) 13:56 | 夢りんご

無題
感動しました!

素晴らしい考えだと思います。

この世に生を生きて行くものは・・
人間以外で自分から自らの命を絶つような生命は存在しません・・

死ぬことが楽になることとはまったく違いますよね!
楽をして一生終える人間など・・
楽しいや嬉しいなどの感覚は退化してしまいます・・
苦しくとも必死で生きようとした人間が
喜びや楽しみを得られるんです!

死とは・・・
けして楽になることではないですね!
2011/03/04(金) 18:57 | URL  | misawa #8d3a3d31a1[編集]
[管理者用 返信]
Re:無題
こんにちは^^  せんせ・・・・眠れない夜に何年も独学して

身にしみたことです。 生きる醍醐味は悲哀や苦の中にあるんだと覚悟すれ

ば、いいだと思います。「辛い」という感覚も楽しむんです。 そのときに

慰められた人や花や空、風、それを愛していくことが生きることなのに、

「辛い」ので死ぬのはあまりに哀しいですね。 一時しのぎに死んでも

取り返しはつかないですね。 


2011/03/05(土) 14:03 | 夢りんご

無題
yumeたん、こんばんは☆ (*'-'*)/♪

私も体験談が話せる…。
告知された時、
そんな余裕はなく
医師に従った自分がいました。
yumeたんのお話。
わかるような、わからないような。

ただ…
自殺だけは。

世の中、そう八方ふさがりじゃないと思う。
どれだけ、話せるお友だちがいるか。
コレ、とっても大事なことだと思います。
2011/03/04(金) 22:20 | URL  | berry-berry #56c8f12a18[編集]
[管理者用 返信]
Re:無題
berryたん、こんにちは^^  berry たんは西洋医学で生き延びた人なの

で、まことによかった^^   西洋医学で治癒する人もいて、それは

恩恵を受けたことに感謝しつつ生きていかれる。  ただ、すべての人が

そうではないので、自分で「違うな」と思ったら、違う声に従って選択する

ということです。 うちの母も告知され、手術は受けましたがその他は断り

ました。 手術も病院で規定の全摘を断り、温存を選択しました。要は、

自分の命の行方を一くくりに医師に預けないということです。 

 薬や手術、検査すべてを否定してるのではないからね(笑)がんばったね!
2011/03/05(土) 14:15 | 夢りんご

無題
とても考えさせられました。

今日一日の命を頂いていると思えば、一日生きられたことは儲けもの・・・喜びですよね。

余命何ヶ月と考えたら、カウントダウン。

自分の人生だもの、納得の出来る一日を積み重ねて行きたいですね =^_^=
2011/03/05(土) 01:25 | URL  | よしお #7ff3237e4a[編集]
[管理者用 返信]
Re:無題
よしおさん、こんにちは^^   誰だって告知や宣告は怖いです。

病院も法律家も、何もすべて間違いだとは思いません。いい言葉ではない

けれど「疑う」・・・・というのか、「希望を持って疑う」ことが自分の

道を拓くんだと思います。それは「疑い深い」ということではありません笑)
2011/03/05(土) 14:19 | 夢りんご

無題
わかります。

父を癌で亡くしました。

余命一年と言われましたが、本人には告知しませんでした。
それが良かったかどうか。
その時はそれが最良と思いましたが、そのために周囲も本人も苦しみました。

死をめぐる本人をとりまく周囲の関係はとても複雑です。
今でも何をしたら良かったのか、わからないままです。死ぬことを知っていたら、父は最後の日まで悔いなく生きられたかもしれないし、反対に絶望で死に急いでしまったかもしれない。

悩んでも考えても答えがでないことがあるということを知りました。

今でも悔やむことばかりです。

2011/03/07(月) 22:17 | URL  | 羊飼い #2ac0ad4611[編集]
[管理者用 返信]
Re:無題
こんにちは^^   そうなんですか? ・・・・辛い思いさせましたね。
思い出させてしまいました。  ごめんなさいね。

 時代と共に告知というのも「死語」になりつつあります。癌のイメージも

変わってきてよいのか悪いのかわかりませんが「寿命」という言葉が納得

の境界線でしょうか。家族だから「思いあう」ことが余計に苦しめあうこと

もありますね。  でも、命はきっとつながっていますよ。

お父さまの魂は、きっと隣で生きる力を下さるはずです。(私は宗教論者ではないけれど^^)  

 あ! お疲れ様・・・・とにかく試験終わったのね?

2011/03/08(火) 14:16 | 夢りんご

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