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 痛手を負った身体と精神世界から生きるしくみを 作りなおしています。  人と人がフェアトレード できる社会、幸福感を作ります。
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 三重県に住む親戚が、長く大病で辛い思いをしています。

「お姉ちゃんを訪ねていく」と今年3月、お店を目指してくれたのはよかったけれど

その日に、夫の父が逝去して、帰省のため不在になっているときでした。

しかたなく、近くまで来て、引き返したそうですが、その親戚の具合が最近またひどくなって

大変な状況だと聞きました。  「心配だけどそっとしといてあげたら」と家族はいいます。

 でも、みんなでそっとしておいたら、取り返しつかないまま彼女はだめになるかも・・・・・

そう想うと自分の勉強してきた「医師にかからない治癒」を教えないではいられなくなりました。

 とりわけ、東條百合子さんの「必ず春は来るから」は絶望の淵にたっても希望を失わない生き方と

心と体を治癒に導くヒント、生きるエネルギーが湧いてきます。  病院には、通えない暮らしから

調べつくした心と身体の健康・・・・・何もせずにはいられないので、とりあえず一歩から

手元の自然食品を届けることにしました。   「誰にも会いたくない」というのでとにかく届けるだけ。

 そう思って準備をしていると、同じところに住む旧友が「今からいくから」と連絡が入りました。

あるコピーを持ってきてくれたのですが、メール便なら簡単で安いのに、わざわざ運賃を使って時間を

割いて訪ねてくれる旧友に、笑いとばしながらも感謝です。  昔から友達が多く、長く続く仲間がいつもいたの

で、そういう環境にも感謝でした。  コーヒー豆の味のチョコレートを食べて気に入ったようで

買っていきました。  ネパールの紅茶も美味しいと買っていきました。  犬とうさぎを飼っていて

子猫の貰い手を捜しているお話しや、清見村のご夫婦の庭に眠る愛犬のお話し、私が昔むかし新聞社の

試験にパスした、どうでもいい話を彼女はよく覚えていました。 地方紙で編集の仕事がしたかったのに

開発部になったのが(第一目標でなく)嫌で断念したのでしたが、彼女はそういう私の歴史が、今の闘いに

つながっているのだと言っているのでした。 他所の犬を守ろうとしたり、新聞社で編集を志したり、

保育に情熱を傾けたり、司法書士事務所で耐えた経験を、彼女は覚えていてくれてたのだと思います。

 短所もありますが、それら全般を見渡して今の私たちを冷静に見てくれているようで、25年以上の古い友達

は本当にありがたいです。  私が免許をとるときも早朝5時くらいから、車を出してレッスンしてくれた友人

でした。  歳は下ですが、「会って元気をくれる」 なが~い旧友でした。  この仲間も本当に長いのです。

子供ができたときも、集まって朝まで飲んで祝ってくれました。  「冷静に」だけど「無条件に」応援してくれて

いて幸せ者だと思いました。  彼女のお話でひとつ・・・・お米を親戚から買っているということでした。

 少しずつ買おうとしても「もっと持っていけ」と言われ、たくさん買ったようでした。 「払うのは私やん」と。

この話しと似ています。  ただ、彼女は、いちおう「お米」ですんでいる。  事業ではなく お米なので

まさかの裁判にはならないのです。  近しい関係のあり方の延長上の出来事、一番厄介でした。

 お土産に「アンパンマンのパン」がひとつ入っていました。  そういえば数年前のクリスマスにも

手作りリースとアンパンマンが入っていましたっけ・・・・・   ありがとね。 
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伝えたいことが多すぎてわかりにくくなっているかもしれません。  ごめんなさいね。

気長に付き合ってくださる皆さんに迷惑かけてるかもですね。 今日は法に持ち込んだのは本部からで

あることから伝えさせていただきます。 でもそれは、ある頃から急にでした。おそらく顧問弁護士さんなんて

ものが本部に必要になったころからでしょうか。 経理も乱れていたようで(加盟店の人材募集を本部がしたり

寄付をしてみたり、うちにもバイクやストッカーを誰かの一存で送られてきたりしたので、そう思います。)

 役員さんが母に泣き言をいったり問題を打ち明けたりされていたのはトラブルが多くなったからでしょう。

2006年の年明けから担当者や経理の人や社長の出入りが多くなりました。  極めつけは4月の書面の

取り付けで社長と役員が血相変えてきて夜中日付が変わるまで居座られたことですが、それ以後本部の

音沙汰が途絶えました。  もちろん、出入りがなくても「ロイヤルティ(指導料)」は請求されます。

 パソコンによるシステム導入が始まったころで、お店にパソコンを用意するように言われて苦しいなか

購入したのに、一向に本部からのシステムの導入が行われず、周囲の加盟店は終わっていたのに

私たちはほったらかし状態でした。 それで夏、しょうがないのでこちらから「うちはシステム導入しなくて

いいのですか。必要ないのですか。」と問い合わせたら社長からのファクスが届き「気を使っている・・・・・」とい

う内容でした。  ほとんど怒った内容でした。 (無理な書面を取り付けたことかなと思いますが)

 おかしなことを言いますが書面に人間らしさが残っていて、個人的に一瞬「かわいく」思いました。

でも、後あと、その後悔している書面を法廷に持ち出すことになりました。 もうこの時点でははっきり

うちの店を見放していると感じましたが、だからといって事業は止められません。 たくさんの高齢者を

かかえていたし、融資もうけていたし、無理な書面を実行するには更に無理な仕事をしなければならず、

返済も多くなっていました。    本部自体がどうしたらいいのかわからない状態でことは進んだのでは

ないかと思います。   私は思います・・・・・・・   もし法に沿って歩むなら、最初の一歩目からきちんと

法に沿うべきだと。   散々、法もへったくれもなく荒らしておいて、突然「法的」はないでしょう。

 最初から、法を意識して歩くなら、契約前後に何度も自宅に来たり、契約場所を私たちの自宅でしたり、

本部に行く送迎を自ら車でしたり、積極的に相手の家に押しかけた契約とみなされ、不利になるとは考え

なかったのでしょうか。  それらは、その時、相手の無邪気な好意だったかもしれません。でもひとたび

法的になれば、「押しかけ行為」になりはしませんか。  最初は知名度もなく、営業も苦戦でした。

担当者と社長に相談すれば「人をいれましょう」といい自ら人材広告を申し込んでたくさんの面接者が来店

されました。  面接はしましたが「人件費がどれだけかかるだろう」と思うと踏み切れずお断りをしました。

すると、社長は不機嫌でそのあとずっと「どうして入れなかったか」といいました。 開店半年後、

別の高齢者配食の店が撤退され、その利用者さんがどっと流れてきました。 次々に本部からファクスが流れ

社長は得意がおでした。 「ほら、言ったとおりでしょう。もう大丈夫」という意味のことを言われました。

 「そうなのか」と思い三ヶ月流れたお客さんを走りまくりましたが、お金が湯水のように流れます。

そのわりには、手元のお金はどんどんなくなりました。 前述したように、開店前にほとんど資金が使われて

いますから、手元には生活のわずかなお金と子供のための学資だけでした。三ヵ月後「もう資金などありませ

ん。大丈夫なんですか?この事業・・・・・どうすればいいんですか。」と相談したら紅潮したお顔で

「大丈夫です。このまま続けてください。バイクとストッカーをいれましょう。」「え?そんなん買えませんよ!」

「心配ありません。(お金のことは)信じてください。 」  「書面もなくそんなのだめじゃないですか」

「大丈夫です。 会社はうまくいってます。 自分を信じないのですか。」・・・・とこんな会話でしたよね?担当者

さん・・・・・見てくれてますか・・・・・貴方は最後まできっと、加盟店をかばおうとされたのですね・・・・・

 本部はこのとき「飴とムチを間違えた」と後日談の噂で聞きました。 そんなことはありません。所詮

無理だったのです。 これらは全て「法的」には本部の失態ですね。  法に沿って歩むなら、法を意識して

経営するなら、最初の一歩から本部の間違いではありませんか?    事業が確立していなかった・・・・

「加盟店を犠牲に試しながら」確立された・・・・・優越的な地位をつかって。   そうなりませんか?

 法に沿って歩むなら、マナーやルールが必要だったのは本部ではありませんか・・・・・

私には「頭かくして尻隠さず・・・・」が丸見えなので、どう見てもおかしな裁判だと思えます。  

途中から「勝つために」書類を揃えたのだから、「勝つ」のは当然ではありませんか?

                                                            (続)

 明るい話題はありませんが、エピソードはいくつかありました。

2006年の無理な書面の約束から、ずっと無理をしてきたのですが2007、6月果てしない無理は

身を滅ぼすと、支払いを一度ストップしました。  (後で本部は、それを待っていたのだと知りました)

 七月になり、主人の様子がおかしいと感じました。  蒼い顔でどこか、遠くにいるようでした。

「怖い」と感じました。 そしてトレードマークだった髭をいつの間にかそり落としていたので余計蒼く見え

ました。  何かを自分で抱え込むところはありましたが、それよりもっと遠いあらぬ方向に向いていました。

  「今、何ができるだろう。 自分に。この人に。家族に・・・・・」そう深く思いこんだとき、自然に言葉が

でました。  「父さん、菩提寺に詣でようか・・・・帰依しようか・・・・・」 不思議なくらい自然に言葉が出てきまし

た。 若いころ、仏教の勉強をしたことがありましたが、深い信仰心はいつしか消え 無宗教状態の私でした

が何故か、仏様・・・・・しか浮かびませんでした。 信仰は自由なので、お互い信仰を強いることはなかったけ

ど、その時救いはそれしかありませんでした。  主人も何故か素直に頷きました。

 最初の日曜日、菩提寺に詣でました。  その週の半ば、仕事を終えた九時前後でしょうか・・・・

主人の携帯が鳴り、着信は本部の社長からでした。  すぐに出てみると「メールを見てないか」という

電話でした。  その日の夜、社長から本部に呼び出しがあったというのです。 メールは気をつけていたけれ

ど社長のメールはなかったので「いや、きてません」と応えました。  待っても来ないので電話がきたようでし

た。  そのまま電話は終わりましたが、次の日もう一度パソコンを遡りましたが、ありませんでした。

 そういう行き違いは、時々あるようですが、ふと「行ってたらどうなったのだろう」と思うと鳥肌がたちました。

あの時の主人が、素手で呼ばれるまま赴いていたら、今日二人はいなかったかもと思うと、神様か仏さまの

力を感じました。 メールはどこへ流れたんでしょうか。  よく、届かないでいてくれたと思いました。

 あとで聞いた話しでは、その時より二ヶ月くらい前から、私たちの営業エリアが他所に販売されていたと

いうことでした。  以前からやめさすつもりで、内々に話を進めていたとその後、本部の人や知ってる加盟店

から聞かされました。  菩提寺に帰依したことが、なにか恩恵につながったのかどうかわかりません。

でも私はそのとき、ほんとうに仏様に手をあわせました。 これ~宗教の勧めブログではありません(笑)

 その後、仕事の合い間を縫って奈良市内や京都の弁護士さんを訪ねました。 誰しも話を聞いてはくれました

が、見込みはないという結論でした。  そんな時、たまたまある一人の弁護士さんが、積極的に

話を聞いてくれました。  フランチャイズには以前から思うことがあるようで、むしろ私たちよりも前向きでした。

 弁護士さんに出入りするとは、予想つかない人生でしたが「人生のピークだもの。こんなこともあるよ」と

二人で何とか納得しあいました。  人間は、倒れそうな時ほど倒れないものです。

 その代わり、後からガタガタと崩れ落ちますが・・・・^^   不思議なことが明暗を分けると聞きます。

すでに、真っ暗ですが(笑)  致命的なことだけは仏様に護られたようでした。   こういう出来事は

暗闇に月が出ているように勇気もいただきます。 暗中模索でも、月が照れば全く違う。  その後

何かあれば、月の明かりを頼りに生きました。   つまり、この事件も何もかも、解決するように

できている・・・・という判断です。   そのために、解決するために修業をしているんだという捉え方です。

何度もいいますが、これは宗教の勧めではありません(笑)              (続)

 今が大切です。   ここまできて今、絶壁をよじ登る力よりも、斜めに低く小さく登ること。

息をこらして、見つめる人を、まっすぐ見つめ返すこと。  そう 若いころの自信を取り戻すこと、さわやかに

しなやかに。   そのためには、世の風に流されないことが大切です。

 ここまできて、長いおつきあいの戦友、旧友、親友・・・・取引の方。  夢りんごを悉く知るおつきあいの

方なら、「奴は買いかけ金をためて、逃げ去る人間じゃない。ましてや、それをひっくり返して逆切れする奴で

はもっとない。」  と考えてくださるような気がします。   この事件を悪用されないためにも、ここで

はっきりと言っておきます。   漠然と聞いていると「そんなもん。買ったもん払わないほうが悪いに決まってる

やろ」 ということになります。 自分が反対で傍観者なら、そちらのほうが頷けます。   ならば・・・・・

 どうして、世の中の常識に反している記事を書いているのか? 「きっと何かあるんだ」と感じてくだされば

ありがたいけれど、そうでない人はどうぞ傍観者でいてくださいね。  最近、買いかけをためて破産されるよう

な人もよく聞きます。 選択肢がなく、そうなる人を私は否定しません。 よくないのは、「破産」という逃げ道を

最初に用意して故意に債務を放棄するような悪どいやり方です。 はっきりといいますと、私たちは

買い掛け金に疑問符?を感じながらも深く考える時間はありませんでした。だから、「なんか、おかしい」と

思いながらも最後の最後まで、少額でも払い続けていました。 「これが買い掛け金」であるならば、払う義務

があると思ったからです。 焼け石に水・・・・でも支払いを放棄したことはありませんでした。

  2007年の7月末、一人の弁護士さんに同行してもらって本部に伺いました。 そこで今までの怒りも

出しましたが、やはり、弁護士さんにも「何故、債務があるのに怒るのか」わからなかったようでした。

本部の社長と経理の方、5人での話しの結果、「とにかく、これ以上膨らませたくない。仕入を減らし都度週払

いにさせて欲しい」と申し出ました。  社長は一貫してノウでしたが(何故ノウなのか?)経理の方の対応で

しぶしぶ了解して終わりました。  凄まじい夏でした。  食数は高齢者が迷惑するので減らせません。

利用者も、たくさん慕ってくれていましたし、信頼も厚かった。 でも本部の仕入を激減させて、そこいらから

野菜などいただいたり、買ったりして作りました。 本部には、週1で少しの買い入れを都度払いしました。

 買いかけ??疑問はあるものの、こうやって仕入を調整する権利はあるのではないかと思いました。

一ヵ月後、本部から「取引停止」の紙が届きました。  続いて九月中旬で廃業の命がきて、看板を

とりに来る本部やら、ブログを閉じる命令やら、それはもう凄まじい勢いでした。   利用者さんは

路頭に迷い泣き叫びますので、市役所の高齢福祉課に赴き、一人ひとりが納得する配食先の世話をしました

。「自分の足元に火がついているのに」と言われましたが、毎日会ってつながってきたお年よりに、難民を

作るわけにはいきませんでした。  本部からは「利用者さんから苦情がきている。何とかするように」と

通達がありましたが・・・・・「やめさせたのは本部なのに、どうしろというのか」と思いました。 中には

「あなたのとこしか食べませんよ」ときっぱりと手紙を下さったりもしました。 たくさんの手紙をいただきました。

思い出すと涙が止まらんわ・・・・・・          すべての受け入れ先を決めて、納得されない方には

しばらく受け入れ先から、主人が配達して安心してもらいました。  責任を果たしてから身を守る。

これが自分たちでしたが、後々これは「身を守って責任を果たす」ように切り替えねばならないと気付きました。

(笑) 三年以上過ぎ、自分を大切にすることから、人も大切にできるとフェアトレードやオーガニックな生き方

で学びました。  「優しくも厳しい」  月のような生き方を生い立ちから掘り下げて歩みなおしました。

  まさに土壌から有機へと作りなおしていきました。   店も生まれ変わりの村として、本部に渡さなかった

看板(自分たちが買ったものですから)も、シールを取り外し、パーティーションに使いました。

それが今の夢りんごです。   疑問を感じながらも最後まで払いつづけた・・・・・取引を止めたのは、

追い込んで亡き者にするためでしょうか?   払い続けている加盟店を切るというのは、闇に葬るため

だったのでしょうか?   やめさせたら、不良債権になるのはわかっていたでしょうに。 

                                                    (続)

 ものをさらけ出すには勇気がいります。 自分の恥もさらさないとフェアとはいえないからです。

もう少し、おつきあいくださいね^^   5月までの法廷では、脚本は相手にありました。

暗黙の圧力に抑えられて、相手の都合のよい脚本を相手に合わせて、力なく演じていたという感じです。

「力なく・・・・抵抗」というのは、相手に迎合しているのも同じなのです。   最初の書面で

「実家は近所であることは認めるが、知らない人間である」という文面が先方から出されたときは面くらいました

。「何をいっているのか」わからないまま、裁判がゆっくり動きました。  この「嘘」で始まった法廷に

どうしても納得がいかなかった。 認められようと、られまいと「事実」は事実で伝えるしかない。

 実際、近所では、その後やりきれない「弾圧」や「暴言」があったことも伝えましたね。

 さて、「買い掛け」「売り掛け」の疑問について、ここで触れておきます。本部の役員さんは窓越しに

これみよがしに大きな声で言われたことには「買った物の金払うのは当たり前や。払わないのは泥棒より

ひどい」と言っています。 この言葉だけでは「当然ではないか」と思いますね。私もそう思います。

実際、今、ささやかな事業で「買い掛け」とも「売り掛け」とも縁があります。 小さなお店で、ゆっくり支払い

されるオーナーもいます。 苦しい時代だし、自分たちも、お金では相当苦労してきているので、事情により

少しズレこんでも少額で、ほぼ確実な相手には、こんな身分でも待ってみます。 一方、私たちも

できるだけ小さなお店相手にはしないのですが、買い掛けを少しずつ払うこともあります。 貧困事業ゆえ

そうせざるを得ないこともあります。 その代わり、フェアトレードの事業に協力もします。(お米のシェアなど)

 オーガニックの卸し業のがいあプロジェクトの、ある人は「小松菜を8わ売るためには10わの仕入が必要」

という鉄則をお持ちですが、私も同感です。  しかし、前事業の場合、60食の利用者がいれば60食分もしく

は60食以上仕入れることを強要されています。  (事業が成り立つかどうかは関係なくです)

 こちらが仕入を減らして払えるようにしたくても認められません。 では60人を30人に減らすのは

どうかといえば、高齢弱者の食べ物のない人を「断って捨てる」ことになり、これまた認められません。

増やすばかりを求めてきます。(これは、少なくとも廃業当時まではそうでした。)それでは、身動きできず

借り入ればかりを増やさないといけなくなります。当然、返済せねばならなくなる。 やめることもできなくなる。

 これで、最初の約束の成功が可能なのか?? このあたりの「対本部」とのやりとりのテープも残されて

いるのに、先方は出さないし、こちらはお金がなく「証拠品」を出せません。  こんな裁判でよいのか?

と言っています。   走り詰めの生活と事業でした。力尽きて命落とすのは目に見えていました。

事実をちゃんと見てほしい。これがまず、法廷への願いです。あまりにも、薄っぺらで浅い法廷すぎます。

 「食材」は本部の仕入となるならば、買うほうは「選ぶ」権利がなぜないのか?

仕入の調整が何故、できないのか? それを「買い掛け」とどうして呼べるのか? 相談の余地もないのか?

何のためにスーパーバイザーがいて、ロイヤルティをとるのか、「強要」に応えられなくなると切るのか、

それは(切ることは)「死ね」ということではないか・・・・・ 「買ったものの支払い」?なのか・・・・・

 払わないというのではなく「まず、この事態はどういうことなのか」と目をこらしてみてほしい。

「破滅する」とわかっていても「買い続け」なければならないのか? そして、それを認めた、本部のお身内の

加盟店は、本部の指示どおり、どこかで「借り入れ」本部に支払い、その後破産されている。店は

いつのまにか、「直営店」になっている。 それで正しいのか・・・・?   役員さんがいう「買ったもの」は

貴方達が「強要」したものではないか・・・・。   そのへんから、見直していただきたい。 その願いが

控訴です。     よろしくお願いします。

   今日は黄砂の一日でした。   全国的にそうでしょうか・・・・・いつから、飛んでくるようになったのかな。

黄砂はアレルギーもあるし、熱も出ます。  みなさん、気をつけてくださいね。

11月は、とても早く流れていきます。  もうすぐ師走。  イベントが続く夢りんごです。

今日も引き売りにでかけます。   美味しいりんごが入りました。  4年間、応援してくださった

りんご農園さん。ほんとうにありがとうございます。  これからは、農家さんを支援していきますからね!

 夢りんごは、味が濃いりんごです。 今はおうりんが最盛期。  一緒にがんばろうね。

福井県、池田町の特別栽培米、たくさん応援くださってありがとうございます。

美味しいのでまた、欲しい人は声かけてくださいね。  ただし、  大手企業の買い叩きはお断りです。

また、発注後の大口、キャンセルもご遠慮くださいね。  農園さんが、どれだけ苦しい思いをするか。

くれぐれも、大手企業の買占めや、買い叩き、無理な取引はご遠慮ください。